
はじめに
皆さん分からない事ってありませんか。
でも何かわかっていなくてはいけないという場面多くないですか。そりゃ仕事でも仕事の流れとか決まった事などはわかってなければいけないと思います。
またお客さんや利用者さんに対してもわかっていなければいけない。特に専門家として・・・といわれればよけいプレッシャーがかかります。
そりゃわからなければいけない事もありますけど、どうしたってわからないって事ありますよね。特に人をわかるって難しくないですか。
「わかるという思いこみ」
問題です。
1+1=?
ちょっとネットでもなんでもいいので検索なりしてみてもらえますか。
たぶん調べた人はいないのでは?
そりゃあ当然です。2だってすぐにわかりますから。調べたり考えたりする間もなく2です。あたりまえですね。
人に対しては?
では、それって人に対してもあてはまるんでしょうか。人もそんなに答えがはっきりでるのでしょうか。
僕はなんでもわかるという事はただの思いこみだと思います。特に「人」の事についてはとくに思います。
わかるという思いこみは危険です。その人をわかると思うという事はもうわかっているからそれ以上見ないという事です。
自分にとって正しいという事を、相手にとっても効果があると思いこみがちです。それで困っていようとも、相手の反応を見ようともしない事もあります。
1+1=2のように「絶対だ」と言えないのが人
1+1=2と絶対言えないのが人だと思います。状況によって、人によって変化しています。
分かるという思いこみは一方的なかかわりにつながるのです。
「わからなければならない、という辛さ」
人は物事が分からないとき、わからない自分を責める傾向があります。
勉強ができていない、知識が足りない、頭が悪いなどなど。
わからなければという事は自分に対して完璧を求めることになります。人は完璧でなければいけない、より完璧に近づかなければいけないという価値観です。
それを他の人にも求めてしまいます。また自分より知らない人にも完璧を
求めようとしてしてしまいます。人間は完璧でしょうか。そんな人は見たことがありません。
完璧を求められた人間はうつ的になるものです。また身体面の健康にもストレスが影響します。
「わからないという事で見えてくるもの」
「わかっている」という事は人を盲目的にします。
わかっている事に対してこれ以上見ないのです。
2は2とわかりっきているから調べようともしません。
わかっていると思いこむ事はそれ以上知ろうとしないことです。
わからないという事で見えてくる物があるのです。
「わからない」から「わかろう」とする姿勢へ
その人を知ろうとする事は大切です。
わからない事が当然だといってすべてがわかないというとらえ方も逆に盲目的にします。
わかろうとする姿勢を持つことで、傾向はつかむ事ができます。
あくまでも傾向なので、変化したりまったく逆の傾向になることもありえます。
またわかろうする姿勢自体が相手に伝わるものです。
自分の事を理解してくれようとしてくれているんだというメッセージになります。
わかろうとするから一緒に考えられるのです。
わかろうとするから勉強したり経験したりするではないでしょうか。
わからなくてもいい、そう思えるようになると、ストレスは今まで以上になくなるかもしれません。
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