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古民家の歴史

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民俗学で「民家」とは伝統的な様式で造られた農家や漁家、町家の類、中級から下級武士の侍屋敷を含むそうです。特に年代の古いものは「古民家」というそうです。民家には建築当時の生活が色濃く残されていたり、伝統的な地元の行事に結び付いた建て方がされているなど地域差があり、そういった点が民家について知る上での楽しさであるとも言えます。

本記事は、住まい教育推進協会のご協力により、2013年に執筆されたものです。

日本の住宅の歴史

日本の住宅の歴史は遥か縄文時代にさかのぼります。地面を円形や方形に掘り、柱を建て梁や垂木をつなぎあわせて家の骨組みを作りました。それが土や葦などの植物で屋根を葺いた竪穴式住居となり、室町時代まで規模が大きく変化をしながら利用されてきました。

鎌倉時代以降は堀立柱建築という形で柱のみを地面に埋めて建物を固定していましたが、やがて石の上に柱を建てる石場建て構法に発展してきました。石の上に柱を建てる建て方は古く中国や朝鮮半島から日本にも伝わりましたが、日本では限られた建物でしか用いられませんでした。

その理由は2つ考えられ、1つは自然災害の多い日本の気候風土では地面に掘った穴に柱を埋めて固定する構造は柱の太さに関係なくある程度地震や台風に耐えることができて、建築費も安く技術的にも簡単だったからと言われています。2つ目は豊富な森林資源に恵まれていたということです。

地面に柱を埋めると当然柱は腐っていくのですが、豊富に木が身近にあったためいくらでも建て替える事が出来たのです。

中世以降は総柱型建物と言われる建物が主流になります。これは母屋(もや)と庇(ひさし)と呼ばれる屋根を支える天井より上の構造と、天井から下の碁盤の目のように2m~2.4m前後で統一された柱の間隔を持つ空間をもつ建物です。やがてこの柱と柱の間に間仕切り壁が設けられ、部屋として細分化されて現在の住宅へと進化してきました。

鎌倉時代には格式高い武家屋敷は石の上に柱を建てた礎石建物、庶民は掘立柱建物と区別され建てられていましたが、現存する最古の民家は兵庫県神戸市北区にある約1200年前に建てられた箱木家住宅(はこぎけじゅうたく)です。

この民家は国の重要文化財で、建築されたのは806年と記録が残っています。この箱木家住宅の間取りは正面から見て右側となる東側に「にわ」と呼ばれる土間、西側には床が組まれていて、手前から「おもて」(客間)、「だいどこ」、「なんど」の3部屋が配置されています。

土間には竈(かまど)と厩(うまや)がありました。またこの時代には畳もまだ有りませんでしたので板張りの床にむしろを敷いて生活していました。畳は日本独特のもので、平安時代に出現し江戸時代に広く普及しました。

(image by 筆者)

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