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「あの時、あの経験がなかったら…」人気IT社長の人生を変えた転換点とは?

「あの出来事があったから今の自分がいる」「あの経験をしていなかったら、今頃どうなっているか…」ふとしたきっかけで180度視点が変わることもあるのが人生。目の覚めるような発見をしたり、人生の師と出会ったりと、十人十色の「ターニングポイント」があることでしょう。

今回は人気IT企業の社長さんたちに、「人生のターニングポイント」をテーマにお話をうかがってきました!「起業」自体がターニングポイントになった方もいれば、学生時代や若いころの経験が契機となった方も。経営という重大なお仕事に関わる社長さんたちの、「今につながる出来事」とは、果たしてどのようなものなのでしょうか。

ご回答いただいた方々

  • 1:株式会社グリフォン 山本太郎さん
  • 2:コーチ・ユナイテッド株式会社 有安伸宏さん
  • 3:GMOペパボ株式会社 佐藤健太郎さん
  • 4:株式会社シンクスマイル 新子明希さん
  • 5:株式会社trippiece 石田言行さん
  • 6:ピクスタ株式会社 古俣大介さん
  • 7:BIJIN&Co.株式会社 田中慎也さん
  • 8:株式会社 BearTail 黒崎賢一さん
  • 9:株式会社ペロリ 中川綾太郎さん
この記事では、各企業を50音順に紹介しています。本記事は、2015年8月の取材情報をもとに執筆されたものです。

株式会社グリフォン 山本太郎さん

山本太郎さん(以下、山本さん)は大学卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社。インターネット広告代理事業部門でマネージャー、局長を務め、2009年に芸能人のインターネットビジネスを支援する事業会社を立ち上げ代表取締役に就任されました。その後、 女性向けモバイルゲームの企画・開発会社の代表を経て、2013年2月より現職に就かれています。

挑戦が終わったとき、次のチャンスが舞い込んできた

創業2年で従業員数100名、年商数十億円規模に成長。新興のオンラインゲーム会社として注目を集めている株式会社グリフォンですが、その代表の山本さんのターニングポイントとは?

山本さん「2013年の初頭に、自身が社長を務めていた会社を清算したときですね。社会人4年目のときに初めて会社を作り経営者になってから、様々な事業に挑戦し、時には事業形態を変えたり、社名を変えるなどしながらチャレンジし続けていましたが、その挑戦が終了したときでした。抱えていた事業は他社へ譲渡し、従業員は親会社であるサイバーエージェントへ異動。最後に残ったのは肩書のなくなった自分一人。そのときにサイバーエージェントの副社長である日高から今の会社(グリフォン)の社長をやってみないか?と声をかけてもらったのです」

そこから現在につながっていくのですね。初めてお話を聞かれたときには、どのように思いましたか?

山本さん「会社設立の件は知っていましたが、まさか一度失敗している自分に社長の話が来るとは思わず、驚きました。経営者としていつか成功したい、という思いは諦めていなかったので、私でよければ是非やりたいです、と返答しました。そこからは、今までの失敗を反省し、次に成功するためには何が必要か?だけを考えてきました。会社なんて簡単に潰れる、ということを身をもって経験したので、プライドを捨てとにかく結果に執着する。今のスタイルはそこから始まったと思います」

もしもあのとき、社長就任の打診がなければ現在はどう変わっていたでしょうか。

山本さん「全く想像できないですね(笑)。会社の清算手続きをしているときは、投資してくれた親会社や、異動となる従業員への申し訳なさで、せめて彼らに最後報いるためにはどうすべきか、ということしか考えていませんでした。自分の将来に関しては全くのノープラン(笑)。でも不思議と悲壮感はなかったです。今の会社ではなかったとしても、経営者として仕事をしているとは思いますが、今以上の結果を出せているかというとたぶん難しい。それくらい現在は仲間に恵まれ、会社の未来に手応えを感じています」

苦い経験を味わったからこそ、今のスタイルにたどり着けたのかもしれません。当時は複雑な思いを抱えていても、その後の成功につながることがあるのだから、人生ってわからないものですね。

コーチ・ユナイテッド株式会社 有安伸宏さん

有安伸宏さん(以下、有安さん)は大学卒業後、ユニリーバ・ジャパン株式会社へ新卒入社。退職後にコーチ・ユナイテッド株式会社を設立、語学・楽器・スポーツなどの個人レッスンのマーケットプレイス「サイタ」を運営。2013年に同社をクックパッド社へ事業売却。2015年にはTokyo Founders Fundを共同設立、シリコンバレーのスタートアップへの投資等、エンジェル投資も行っています。

会社の売却、そして子会社化から得たもの

そんな有安さんが考える、人生のターニングポイントとは?

有安さん「創業した会社を売却したこと、そしてクックパッド社の一員となったことです。外部投資家からの出資をうけず、自己資本と銀行借入で数年間戦い続けてきましたが、事業成長スピードをさらに加速したいという強い思いから、IPOとM&Aという二つの選択肢を考えぬいた結果、クックパッドと『結婚』することを選びました」

クックパッド株式会社がコーチ・ユナイテッド株式会社の株式を取得し、子会社化することが発表されてからもうすぐ2年が経ちますが、現在にどのようにつながっているのでしょう。

有安さん「会社の経営力が飛躍的に高まりました。クックパッドCEOの穐田さんに取締役になっていただき、経営陣も新たに採用して、これまでの一人で経営するモードからチーム経営へギアチェンジすることができました。M&A前と後とで、個人の考え方や生き方は、今のところ、驚くほど何も変わっていないと感じていますが、20年後に振り返ったときに、人生のターニングポイントと言えるのは、この出来事だと思っています」

ちなみに「IPO(Initial Public Offering)」は「新規公開株」とも呼ばれ、未上場企業が資金調達・知名度の向上を目的として新しく証券市場に上場すること、またはその銘柄のことです。

では、もしも2年前にその出来事がなければ、今はどう過ごされていたでしょうか。

有安さん「ベンチャーキャピタルから資金調達をして、数年以内のIPOを目指していたと思います。2年前の今頃、僕の人生には次の3つの選択肢がありました。『IPOを目指して資金調達をする』『大手企業の傘下に入る』『自己資本と銀行借入で引き続き頑張る』。どれを選択したにせよ、事業を成長させるためのカベには何度もぶつかって苦労していたと思います。しかし経営とはそういうものなので、とにかく毎日頑張るぞ!という感じだったと思います」

資金調達は経営上避けては通れない道。振り返ったときに大きなターニングポイントとなるのは間違いなさそうですね。

GMOペパボ株式会社 佐藤健太郎さん

佐藤健太郎さん(以下、佐藤さん)は、大学在学中からレンタルサーバー「ロリポップ!」の運営に関わり、2003年に有限会社paperboy&co.立ち上げに参画。サービスを40万ユーザーを超える国内最大級規模に成長させるとともに、社員をクリエイター化させる企業のしくみ作りに尽力されました。2009年からは代表取締役社長としてGMOペパボグループを率い、ハンドメイドマーケット「minne」躍進を牽引しています。

福岡から上京、世界の違いを味わった

福岡県にGMOペパボ株式会社の前身となる有限会社paperboy&co.が設立されたのは、2003年のこと。そこから1年弱で、GMOインターネットグループに参画し、東京へ進出するのですが、この交渉を見聞きすることが佐藤さんにとってのターニングポイントとなりました。

佐藤さん「ターニングポイントになったのは、福岡から東京に進出したときです。2003年に福岡で始まったGMOペパボ(当時:paperboy&co.)ですが、翌年には3つの企業から資本参加のお話を頂きました。そのうちの1社がGMOインターネット(当時グローバルメディアオンライン)でした。当時はまだ創業者の家入さんが社長でしたが、私もその交渉の場に参加しており、その時のやりとりを今でも鮮明に覚えています。福岡でのんびりやっていた20代前半の我々にとって、東京の大手企業の方々は世界が違いすぎて驚きと戸惑いと期待に震えていました」

そして交渉の結果、paperboy&co.はGMOインターネット株式会社を割当先とした第三者割当増資を行い、同社の連結子会社となりました。

佐藤さん「2004年にGMOペパボ(当時:paperboy&co.)はGMOインターネットグループへ参画し、同時に東京へ進出しました。サービスを成長させるノウハウや、組織運営のノウハウなど、グループ企業の一員として様々なことを勉強させてもらいました。また、グループの中には上場企業の社長を始め、多くの経営者がいるので、経営者としての心構えや考え方なども学ばせて頂く機会にも恵まれました。福岡にいた頃は感覚や直感でやっていたので、あのまま自分たちだけで会社経営をしていたら、こういったノウハウや考え方は得られなかったと思っています」

もし東京への進出がなければ、今頃はどのように過ごされていましたか。

佐藤さん「福岡でのんびりやっているか、単独で東京に進出して盛大に大失敗しているかもしれません。仮に、ペパボが福岡で成功したとしても、私個人としての成長はなかったでしょう。ペパボの社長にもなれていなかったと思います。それどころか、どこかの山の中の大きな沼にはまって、のたれ死んでいたかも知れません。沼にはまらずなんとか6年社長としてやってこられたので、沼にはまりそうな人を見かけたら、沼にはまらないアドバイスをしていきたいです」

ビジネスのノウハウや経営者としてのありかたなど、多くのことを吸収できたと語る佐藤さん。「沼」にはまらないよう、今はご自分がアドバイスをされる側に立たれているのですね。

株式会社シンクスマイル 新子明希さん

「したことない。をへらす」を経営理念に掲げる株式会社シンクスマイル。飲食店や美容系サービスなどを割引価格でお試しできる、「トラコレ」などのサービスを手がけています。その代表・新子明希さん(以下、新子さん)は「人生のターニングポイント」を次のように教えてくれました。

アメリカでの経験が自分を変えた

人生の転換点は、「17歳のときのアメリカ一周ですね」と語る新子さん。

新子さん「ニューヨークでは人種の多さに衝撃を受け、カナダからマイアミのキーウエストに移動したときは、40度以上の気温差にアメリカ大陸の大きさを実感しました。ボストン大学のオープンキャンパスで起業家の話を聞いて経営者は幸せの専門家だと知り、起業しようと思いました

ちなみにキーウエストは、アメリカ本土で最南端に位置する都市です。国土の広さや人種の多さに限らず、日本ではできない経験がたくさんありそうですね。若き日のアメリカでの決心が、今にどのようにつながっているのでしょうか。

新子さん「19歳で個人事業主として起業し、今に至ります。今でも『幸せの専門家』は私の人生のテーマになっています。シンクスマイルの意味はフランス語のCINQ(数字の5)SMILE(笑顔)をつなげています。自分、家族、仲間、顧客、世界を笑顔にする会社という思いを込めています」

働きかたやキャリアについてだけでなく、人生のテーマまで見出すことができたという新子さん。強い決意をもって日々過ごされていることがうかがえます。

もし、アメリカに行っていなければどんな人生だったのでしょうか。

新子さん「お笑い芸人になって、M-1グランプリに出て優勝して、有頂天になって10年くらい干されてから毒舌芸人として復活し、本を出してから映画監督になってカンヌを狙っていると思います」

たいへん具体的なお答えに、あの芸人さんかな?と思ってしまいそうですが、IFを想像するのも面白いですね。

株式会社trippiece 石田言行さん

大学在学中に、国際協力を支援する学生団体を立ち上げた石田言行さん(以下、石田さん)。旅行会社や参加希望者とツアーを企画・実施した経験をもとに設立した株式会社trippieceのサービスは、今やユーザー数19万人、旅行者約3万人の旅行コミュニティに成長。オリジナリティある旅行サービスとして注目を浴びています。

ターニングポイントは、青春の苦い経験

旅行を扱う会社を経営する石田さんですが、ターニングポイントは海外旅行ではありませんでした。

石田さん「高校1年の頃にバドミントンを辞めたことです。当時の僕にとってバドミントンは生きがいにも近いものでした。でも、くだらない理由や自分自身に負けて退部。環境のせいにしたり、辞めたことを正当化するように生きてきましたが、自分の気持ちに嘘はつけません。僕にとっては、好きなことを諦めるという挫折でした。自分を裏切るという経験は、大きな選択のときに常に脳裏をよぎり、妥協を許してくれないものとなりました」

本当に好きなことを断念したという経験、胸の奥深くにしまい込んで見ないふりをすることもできます。しかし、その経験は確かに今に生きているとのこと。

石田さん「好きなことを貫くこと、やりきったと言えるまでやり抜くことが大切だということを痛感しました。周りの意見に流されたり、同調しても結局良いことはありません。自分の気持ちに嘘をつかず、正直に努力し続けるようになったと思います。ツラい、キツいと感じる壁にも負けずに歩み続ける強い支えになっています。そんな後悔の結果として、起業という好きな道を選ぶことができたと思っています」

後悔をしたからこそ、「もう逃げない」という信念を自分の中に持つことができたのですね。最後に、その経験がなかったとしたら自分はどうなっていたかをお聞きしました。

石田さん「全く想像がつきませんが…少なくとも自分の中の罪悪感のような感情はなかった。自分が自分を裏切ったということで、自分らしさを模索していたことを考えると、起業せずにいたかもしれません。就職して、一生懸命に仕事をしているんじゃないかなと思います」

大事なのは辛い思いをしたとき、自分の気持ちをごまかすのではなく、そこから何を見出すか。逃げずに立ち向かうことが、やがては成長につながるのかもしれません。

ピクスタ株式会社 古俣大介さん

古俣大介さん(以下、古俣さん)は大学在学中に、コーヒー豆のEC販売・古着販売を開始。その後、株式会社ガイアックスに入社、2つの新規事業部・子会社の立ち上げに参画、取締役に就任。有限会社万来設立、美容健康グッズのEC事業を経て、写真・動画・イラストなどの素材を販売するオンラインサイト「PIXTA」を運営するピクスタ株式会社の代表を務められています。

イスラエル滞在、そして人生を変える本との出会い

「本気で起業を決意するきっかけ」として語ってくれたのは、大学在学時の二つの出来事でした。

古俣さん「20歳のときに親戚が移住していたイスラエルに行って1ヶ月間過ごしたこと、また現地でソフトバンク孫社長の本を初めて読んだことで人生が180度変わりました。それまでは目的もなく、大学には行ったもののバイトと遊びにかまけ、1年生で留年するような人生を送っていたんです。ところが、留年した年の夏をイスラエルで過ごし、自分の世界の狭さを痛感したのです。見るもの聞くものすべての常識が覆り、世界はこんなに広く大きな可能性があるのだと実感しました。また、孫社長の半生にも、ハンマーで頭を打たれるほどの衝撃を受け、自分もこんなエキサイティングな人生を送りたいと思いました」

聞けば古俣さんがイスラエルに滞在していたのは1996年とのこと。レバノンとの衝突で双方の民間人が命を落とし、シリアを加えた3国の間で停戦合意が結ばれた年です。

激動の中で過ごした時間と得た知識は、今にどのようにつながっているのでしょうか。

古俣さん「人生における大きな目標ができました。それから19年たった今も、ずっと同じ情熱を持ち続けることができています。事業を立ち上げて大きくしていくことは、大変なこともあるし、理想では『もっとやれていただろう』と思うこともあります。しかし、確固たる目標があってそれを追い続けていられる状況というのは、僕にとっては何よりも幸せなことです」

その上で「ただし、起業家としての最終的なベンチマークが孫社長にセットされてしまい、このままだと永遠に追いつけないどころか、引き離されていく一方なのが悩みです(笑)」と付け加えてくださいました。

もし、大学生のときにそれらの経験をしていなかったら、今はどうなっていたでしょう。

古俣さん「20歳までのどうしようもない状況だと思うとゾッとしますが…仮にそのままだとしたら、漫画好きが高じて漫画家になって今より稼いでいるか、コスプレイヤーとして人気Youtuberになって今より稼いでいるかもしれません。いずれにしてもあの衝撃を超える出来事はなかなか起こりづらいと思うので、とても運が良かったですね。人生の早い段階で、目標となるようなきっかけや経験ができると、その後の人生がとても豊かなものになると僕の経験からも言えますので、どんどん行動してきっかけを増やしていくことをオススメします」

何が起こり、どんなきっかけになるかは誰にもわからないもの。だからこそ、可能性が広がっている若いうちに自ら世界を広げていくのが大事なのですね。

BIJIN&Co.株式会社 田中慎也さん

田中慎也さん(以下、田中さん)は1999年に株式会社ビーコミュニケーションズを設立。2009年札幌版美人時計の運営を請負い、地域ビジネスに活用できることを見越して、2010年に美人時計の事業を買収され、現職に。「地域から日本を元気にする」事業を積極的に展開されています。

ポテンシャルを見出し、札幌から上京

田中さん「現在代表を務める、株式会社美人時計(現在は『BIJIN&Co.株式会社』)をM&Aしたことです。20歳の頃より札幌で会社を経営してきましたが、2009年に美人時計と出会い、実際に美人時計北海道版を撮影からウェブサイトの公開までやってみたところ、『地元女性の活躍』による『地域経済の活性化』ということに大きな可能性を感じました。2010年2月に東京で会社を設立し、その翌月に美人時計を1.8億円でM&Aしました。このようにまとめると簡単なことのようですが、地方で10年以上順調に会社を経営しているところから東京へ出てくるというのは、まさに人生のターニングポイントと言える一大決心でした」

可能性を信じて、それまで順調にやっていたところから大きな一歩を踏み出すのには、相当の勇気が必要だったことでしょう。

田中さん「それまでは、札幌でソフトバンクショップの運営やビューティーサロンの経営、広告代理業、出版事業などを赤字を計上することなく展開でき、少し有頂天になっていたところもあったように思います。しかし、東京に進出するというチャレンジをしてみて、情報量の多さ、時間の流れる速さなど、地方では経験したことのないことに当初は戸惑うことばかりでした。特に、ビジネスを考えるときの視点や、物事を繋げるときのスケール感に大きな影響があり、地方と東京の両方を知っている点を強みにできています」

地方と東京では、同じ国内であってもビジネスに対する前提や姿勢が違うこともしばしば。双方を把握した上で、活かすことができるのは大きなアドバンテージになりそうですね。

もしもM&Aがなければ、どのような生活を送っていたでしょうか。

田中さん「弊社が現在取り組んでいる「女性の活躍促進や「地域経済の活性化」というテーマは、札幌で事業を行っていた頃から変わっておらず、東京に出てきたことによって、そのスケールを大きくできています。もし、東京へ出てきていなければ、札幌でもこれらのテーマに沿った事業を展開し、規模は小さいながらも札幌だけで考えればそれなりに悠々自適に過ごしていたのではないかと思います」

株式会社 BearTail 黒崎賢一さん

スマホカメラでレシートを撮影するだけで家計簿がつけられるアプリ「Dr.Wallet」。どんな形状のレシートでもデータ化、自動カテゴリ分類してくれます。そんな「Dr.Wallet」を運営する株式会社BearTail代表、黒崎賢一さん(以下、黒崎さん)。

インドで見聞きしたものが、価値観をがらりと変えた

「人生のターニングポイント」について、次のように語ってくれました。

黒崎さん「よくある話ですが、インドへ18歳の頃に行ったとき、現地の中学、高校、大学と様々な学校を見て回りました。そのときに、猛烈に努力し、高いモチベーションにある姿を見たことと、強烈な貧富の差を見たことに大きく影響を受けました」

2009年、日本の大学進学率は50%を超え、「大学全入時代」という言葉も生まれました。それに引き換え、インドではいまだに貧富の差が激しく、大学進学率も24%程度と言われています。

黒崎さん「安全で生活がかなり高い水準で保証されていて、居心地が良すぎることが日本では当たり前ですが、インドで貧富の壁を登って、学習し続けた人と比べると、ぬるま湯に浸かりすぎていると感じました。自分に負荷をかけて挑戦したり、多少環境が悪くても努力する姿勢が重要だと考えるようになりました。また、お金の重要性を感じました」

ここ数年になって、エンジニアや医師など優秀な人材が多く輩出されていると注目を集めるインドですが、それは死にもの狂いでのし上がるための努力あってこそのものなのかもしれません。

最後に、「もし、18歳のときにインドに行っていなかったら?」という問いにはこう答えてくれました。

黒崎さん「大変なことは多いですが、そんな仕事をすることが楽しいと感じながら、Dr.Walletというお金管理サービスを開発することにはつながらなかったと思います。もしその出来事がなければ今頃は、もう少しストレスフリーな形でノマドワーキングをしつつ、食べ歩きを楽しんでるかもしれません」

株式会社ペロリ 中川綾太郎さん

株式会社ペロリの代表取締役を務める中川綾太郎さん(以下、中川さん)は1988年生まれ。現在、女性向けファッションを中心としたトレンド情報を発信するキュレーションプラットフォーム「MERY」を運営しています。

人生を変えた1通のダイレクトメール

中川さんの人生のターニングポイントは、大学生のとき。

中川さん「2010年11月9日、当時、大学生だった自分に突然Twitterに届いたDMです。それは、後に、現在私が代表を務める、株式会社ペロリに出資いただくことになる、イーストベンチャーの松山太河さんからの連絡でした。Twitterをきっかけとして、太河さんとご一緒させていただくようになり、以降、学びの機会を多く頂いたことで、インターネット業界に踏み出す決意が固まりました。」

きっかけはTwitterのダイレクトメール。自分に成長の場を与えることとなったネットの世界でお仕事をするようになるのも、どこか運命的なものを感じます。

中川さん「これまで複数の失敗も経験してきましたが、自分の背中を押してくださる存在は、特に当時の僕にとっては大きな支えとなったため、今でも感謝をしています」

やはり人と人との出会いは、モチベーションを高め、さまざまなことを考えるきっかけになってくれるようです。もしもメッセージが送られてこなかったら、今はどのように過ごされていますか?

中川さん「昔から経営者になることをイメージしていたため、会社に就職することは考えにくく、会社を経営していなければ、おそらく、フリーターをしている気がしています」

経営者になるという明確なビジョンがあったからこそ、チャンスを逃さず行動につながったのかもしれませんね。

明日の自分をつくるのは今日の経験

驚きや発見、感情の揺れ動く経験など、どんな出来事が人生の転換点となるかはその人次第。同じ出来事に対して、何も考えずに受け流す人もいれば、何かを学び取る人もいます。どちらがルーティンではない変化に富んだ人生を送れるのかは、言うまでもありません。

みなさんの「人生のターニングポイント」は何ですか?

(image by amanaimages)

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