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母の日の基礎知識(動画あり)

母の日には、いつもお世話になっているお母さんに感謝の気持ちを伝える大切なイベントですよね。

でもどうして母の日は5月の第2日曜日と決まっているのでしょうか?それに、カーネーションをプレゼントするのはなぜなんでしょう?毎年お祝いしていますが、その起源については意外と知らないという人が多いと思います。

そこで、母の日の起源とカーネーションを贈る理由についてまとまてみました。まずはこちらの動画をご覧ください。

アメリカの母の日

母の日はさまざまな国において制定されている、世界的な行事です。そのため、それぞれの国によって成り立ちも日付もさまざまですが、中でも定説とされているのが、アメリカにおける母の日です。

南北戦争において、両軍に別け隔てなく医療の救いの手を延べたアン・ジャービスという女性がいました。

アンは医療面だけでなく、両軍のわだかまりを解消するためのコンサートやイベントを行い、また教会で子どもたちに熱心に教えを説くなどして、平和に貢献しようと日々努力していました。

しかし、アンは1905年に亡くなってしまいます。

そこで、彼女の娘のアンナは母を賛えて偲び、平和を祈る催しを5月の第二日曜日に行ったところ多くの賛同者を得ることとなり、その上反響を呼び、結果連邦議会をも動かし正式に「母親に感謝しつつ平和を祈る日」として法律で祝日と制定されるまでになりました。

日本の母の日

日本においては、1931年の時点で母の日がすでに制定されていましたが、当時の母の日は皇后の誕生日である3月6日とされていました。

また、そもそも当時母の日はそれほどメジャーなものではありませんでした。

しかし、1937年に製菓会社が全国的に広告を打ち、母の日が少しずつではあるものの人々に認知されていくようになります。

その後、日本は戦争に突入しますが、その間にも母の日は広く認知されていき、戦後1947年には正式に法律で祝日と定められ、日付もアメリカにならい5月の第二日曜日とされました。

カーネーションの由来と意味

母の日の贈り物として定番となっているカーネーション。このように定番になったのはいくつかの経緯があります。

まず、アンナが最初の母の日の催しで亡き母に捧げた花がカーネーションだったという話や、カーネーションの花言葉が「母の愛情」であること。

また、十字架にかけられたイエスキリストを見送った聖母マリアが流した涙の後にカーネーションが咲いていたからという言い伝えもあります。

商業イベント化への反発

母の日の提唱者であるアンナは、母の日はあくまで「母に対して感謝し平和を祈る日」という考えであり、何も特別な贈り物を贈る日という考えではありませんでした。

ところが、これをビジネスチャンスだと捉えた実業家のジョン・ワナメーカーは自身の百貨店で、カーネーションだけでなくさまざまな商品を取り扱う母の日のキャンペーンを行いました。

ジョンには特別な悪意はなく、実際のところその催しのおかげでさらに母の日が知れ渡るようになったものの、アンナはそれを非常に不快に思い、かつての母の日の姿を取り戻そうと、自身の財産を使い切る程までにさまざまな活動を行いました。

しかし、アンナは志半ばで亡くなってしまいます。

そして今「母親に物を贈る日」というような、母親に感謝を伝えるという本質を失った感覚を持った人々もいながら、皮肉にも母の日は今日まで受け継がれています。

日本においてカーネーションを贈る習慣がありますが、これはアメリカで母の日にカーネーションを胸に差す習慣を、花を胸に差す習慣のない日本に取り込む際に、贈るという形に姿を変えたものであると言われています。

おわりに

普段から接しているとなかなか気付きづらく、伝えづらい母親への感謝の気持ちを伝える母の日。

プレゼントを贈るにしても、アンナが目指した母の日の本来の姿のように感謝する気持ちを忘れずに過ごしてみてはいかがでしょうか。

(image by amanaimages)

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