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因果関係を覚えよう!江戸幕府の政治改革とその背景をとらえる勉強方法

江戸時代になぜ沢山の改革が行われたのか?―という疑問から、江戸時代の政治改革について勉強方法のアドバイスと、分かりやすい解説を紹介します。

勉強をする際のアドバイス

時代の流れが分からない!と思ったら…

年表を書いてみましょう。時代の流れを整理するにはこれが1番です。

誰が何をしたか分からない!と思ったら…

表を書いてみましょう。改革の名前や人物ごと、内容ごとに書くとひと目で理解できます。

改革が行われたわけは?

改革が始まる少し前のことです。他にも原因はありますが、5代将軍・徳川綱吉が生類憐みの令を出したことで幕府の財政が悪化しました。

そこで、この状態を止めようとした8代将軍・徳川吉宗により、改革が行われたのです。

享保の改革(1716年)

改革をした人:8代将軍・徳川吉宗

改革の内容

  • 上米の制…大名が、1万石につき100石支払えば参勤交代しなくてもいい制度
  • 公事方御定書…裁判の決まりを示したきまり
  • 目安箱の設置
  • 検見法から定免法にして年貢率をあげた
  • 質素・倹約

結果

幕府の財政はひとまず安定し、改革は成功しました。

老中・田沼意次の改革(1772年)

改革をした人:田沼意次(9代将軍・徳川家重、10代将軍・徳川家治の老中)

改革の狙い:意次は財政悪化を止めるべく、商業に注目して改革を行いました。

改革の内容

  • 蝦夷地の開発
  • 長崎貿易の拡大
  • 株仲間の奨励
株仲間とは、お金を出して作る商業者の団体で特権が与えられるものです。

結果

この改革は失敗しました。商業を重視したために賄賂が横行し、不満が高まったのです。

天明のききん(1782年)がおこったことで打ちこわしも増え、短い間の改革になってしまいました。

寛政の改革(1787年)

改革をした人:松平定信(11代将軍・徳川家斉の老中)

改革の狙い:定信は、享保の改革をお手本としていました。年貢の安定供給をめざして農業中心の改革をしました。

改革の内容

  • 農民を村に帰らせ、農村の倉庫に米を蓄えた

また、商品作物の栽培を制限した

  • 朱子学の奨励…昌平坂学問所で学ばせる

(他の学問は禁止)

  • 出版の統制…風俗を取り締まった
  • 質素・倹約

結果

厳しすぎる改革だったので失敗しました。

「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」という狂歌も詠まれました。田沼意次の改革の方が良かったということらしいです。

天保の改革(1841年)

改革をした人:水野忠邦(12代将軍・徳川家慶の老中)

改革の狙い:吉宗、定信のころの政治をめざして始められました。

改革の内容

  • 厳しい倹約令
  • 出版・風俗の統制
  • 農民の出稼ぎは禁止!
  • 株仲間の解散…物価を下げるために実施
  • 上知令…江戸・大阪を幕領にしようとした

上知令は大名に反対されて失敗しました。

結果

2年ほどで改革は失敗。幕府の力が弱まっていることが分かってしまい、失脚しました。

その後

ほとんどの改革は失敗したため、幕府の力はどんどん弱まっていきました。

おわりに

時代の流れ、因果関係が分かればテストでもすんなりとけると思います。

冒頭のアドバイスを参考にしてみてください。

(photo by 著者)

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