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和歌の技法「縁語」の意味と使い方

和歌の技法のひとつ「縁語」。「縁」という言葉からも、なんとなく分かるように、和歌に使われる言葉たちが「縁」を持つという技法です。ここでは、その「縁語」について説明します。

縁語とは

「縁語」とは、その言葉の意味が関連づいている2つ以上の言葉を指します。

「縁語」の使われている和歌の2例

1:「藻塩」の縁語

来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼く藻塩の 身もこがれつつ (藤原定家)

意味は「待っても来ない人を待っている私は、松帆の浦の夕凪に焼く藻塩のように、焦がれるような思いです」です。

「藻塩」とは、海藻から取る塩のことです。干した海藻を焼くことで、塩を取り出します。ですから、「藻塩」という言葉と、「縁」ある言葉である、「焼く」「こがれる」が、「縁語」であると言えます。

「こがれる」は、「藻塩が焦がれる」という意味と、「心が焦がれる」という二つの意味を持つ「掛詞」となっています。nanapiの記事「掛詞の意味と使い方」を参考にしてみてください。

2:「ながからむ心」の縁語

ながからむ 心も知らず 黒髪乱れてけさは ものをこそ思へ (侍賢門院堀川)

「ながからむ心」は、「末永く変わらない心」という意味です。「知らず」は「予測できない」という意味です。「(相手の人の)末永く変わらない心は予測できないので、今朝の私の黒髪のように心が乱れ、いろいろと悩んでいます」という意味になります。

この歌の中で「黒髪」という言葉があります。「黒髪」から連想される言葉は何でしょう。この歌の中で言うと、「長い」「乱れる」だと予想がつきますね。太字で表してある、「長い」「髪」「乱れる」が、「縁語」です。

「乱れる」には、「髪が乱れる」と「心が乱れる」という二つの意味があります。これは、「掛詞」です。nanapi記事の「掛詞の意味と使い方」を参考にしてみてください。

「縁語」を使って歌を作るには

どれが「縁語」でしょうか?という質問がされたとき、和歌を研究する学者によって、答えが違うことがあるそうです。2つの言葉は関連づいているか、そうでないかを見極める境界線は、ないのです。

というわけで、明らかに縁語とみなされるもの以外は、それぞれの感覚で縁語であると判断されるそうです。ですから、意外と自由に、縁語を作り出して、使っても良い出のはないでしょうか。

例えば、「鏡」という言葉から連想されるものを考えると、「曇る」「映る」「光る」「割れる」「水面」といった言葉が浮かびます。これらを2つ以上使って5・7・5・7・7の定型に当てはめれば、「縁語を使った歌」となるかと思われます。

「縁語」を使う時の注意点

上記の例で「鏡」の縁語として「曇る」「映る」「光る」「割れる」「水面」などを挙げましたが、「鏡が曇る」とか「水面が鏡となった」のように使用してしまうと、ダイレクトな表現となり、それは「縁語」とは言えなくなってしまうでしょう。

「縁語」とは、あくまでも、その言葉から「連想をされる言葉」であり、その言葉と「間接的に」関連がある言葉です。ダイレクト、つまり直接的に表現するものは、縁語ではないでしょう。

おわりに

「和歌」は、明治以降は「短歌」と呼ばれるようになり、それとともに和歌の時代には盛んであった「掛詞」や「縁語」などの技法は、あまり使われなくなってしまいました。

けれども、言葉遊びを好む、少数の歌人の方が現在でも使用していますので、また復活するかもしれませんね。

(photo by 足成)

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