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『枕草子』を勉強する前に知っておきたいポイント

今から千年以上前に、中宮定子の女房として仕えた女性によって書かれた随筆、それが『枕草子』です。誰もが知っている作品ですが、作者・清少納言がどのような人であるかを知らないで勉強している学生が多いようです。

現代語訳を読んでもいまいちピンと来ない。そんな経験ありませんか?現代とは違う―平安時代の常識であったり感性であったり―作者が生きた時代背景を知ることが読解の手助けになると思います。

作者について

姓は清原、名は不明

清少納言は職場での呼び名です。父・清原元輔、曾祖父・清原深養父は百人一首に選ばれている有名な歌人で、特に父・元輔は「梨壺の五人」の一人として『後撰和歌集』編纂を行った有名歌人であり学者でした。

梨壺とは内裏にある「昭陽舎」の別名です。ここに和歌所が置かれ、村上天皇の命令によって編纂されたのが『後撰和歌集』です。

規範を逸脱する才女

こうした環境で育った彼女は幼いころから和歌や漢文に親しみ、高い教養を身につけます。「あの清原元輔の娘である」ということで時の関白・藤原道隆にスカウトされた彼女ですが、その実力は才女を集めた中宮定子の文学サロンの中でも際立っていました。すぐに彼女は詩歌を愛する中宮定子のお気に入りの女房となり、サロンの顔ともいえる存在になります。

藤原道隆は中宮定子の父であり、あの有名な藤原道長の兄でもあります。

サロンの顔といえる彼女の仕事には、中宮への取次ぎも含まれていたようです。中宮の元に使者として訪れる有能な官僚は、同時に一流の文化人とも言え、興味本位から彼女の才能を試すような人物もいました。そういった男性貴族たちと漢文の知識で渡り合う。しかし、これは当時の女性の行為としてはちょっと逸脱した行為でした。

当時、漢文は男性の学問で「女だてらに」漢文の知識をひけらかすのは宮廷社会の規範を逸脱する行為として、必ずしも好意的にとらえられていたとは言えません。

『枕草子』の内容

ジャンルは随筆―かなりフリーダム

一般に随筆と呼ばれていますが、それはこの作品を分類するのに適当なジャンルが他にないからです。草花や鳥の名などを列挙した「もの尽くし」的なもの、宮中日記風なもの、風景や人間心理などの随想的なもの。これら長短様々な章段からなる「ごった煮」のような作品です。

春はあけぼの?

「いやいや、春は桜でしょ?」そんな固定観念に真っ向から立ち向かうような鋭い感性が彼女の文章には満ち溢れています。最も有名な序段ですが、四季それぞれの美を思いつくままに挙げたのではない、見逃しがちな「ほんの一瞬の中に存在する美」を捉えた文章です。

夜をこめて(129段)

「夜をこめて 鶏の空音ははかるとも よに逢坂の 関は許さじ」

百人一首にも選ばれ、彼女の代表作ともいえるこの和歌は、有能な官吏・藤原行成との漢文の知識の応酬から生まれました。彼女の理解者である行成が相手だからこそ詠まれたこの和歌。孟嘗君の話が引用されているのがわかりますか?

藤原行成は平安三蹟の一人で、その書は一級の芸術品。彼の日記『権記』は当時を知る貴重な資料です。

でも、やっぱり女の子(26段)

髪を洗って、化粧して、いい香りがしみ込んだ着物を着たらデートじゃなくても胸が高鳴る。こんな現代人でも共感できるような話も入っているので嫌いにならずに読んでくださいね。

文体

「をかし」の文章

よく『源氏物語』は「あはれ」の文章、『枕草子』は「をかし」の文章と言われますが、そもそも「あはれ」とか「をかし」とはどんな意味でしょう?辞書を引くとどちらも「趣がある」と出てきますが、対象に対する態度に違いがあります。

頭で感ずる?

「あはれ」が対象に没入しハートで感ずるのに対し、「をかし」は対象を客観的に観察し、頭で興味を感ずる態度であると言われます。「春はあけぼの」の後ろには「をかし」が省略されていると教わったと思います。「変化する空の色と雲の色合い、こんな条件が備わっていれば春は夜明け方が一番素敵だと思うわ」とでも訳すと「をかし」の感動になると思います。

おわりに

漢文の知識がちりばめられた知的なやり取りと、インテリ女性のみずみずしい感性を読み取ることが読解のポイントになると思います。そう考えるとかなり難しい作品ですよね。

しかし、筆者がこの作品に興味を持ったのはそんな難しい話ではなく、冗談を言い合ったり、恋話に花を咲かせる女性たちの明るい姿でした。そんな現代人にも共感できる感性を発見したとき、あなたは『枕草子』の虜になっている、かもしれません。

(photo by amanaimages)

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