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    「四面楚歌」「史記」の読解ポイント

    中国の歴史書を代表する「史記」。その中でも、秦滅亡後の漢と楚の抗争は大変有名です。

    ここでは四面楚歌(しめんそか)という故事成語を生んだ場面を取り上げましょう。

    「史記」について

    前漢時代の歴史家、司馬遷(しばせん・生没年不詳)による歴史書です。紀元前91年頃成立され、伝説時代から前漢の武帝までを扱っています。

    皇帝・諸侯・個人と人物中心で歴史を記述する紀伝体という形式を創始し、歴史書の模範とされ、後代に大きな影響を与えます。文学的価値も高く評価されています。

    白文

    項王軍壁垓下。
    兵少食尽。
    漢軍及諸侯兵囲之数重。

    夜聞漢軍四面皆楚歌、
    項王乃大驚曰、
    「漢皆已得楚乎。
    是何楚人之多也。」

    書き下し文

    項王の軍垓下(がいか)に壁(へき)す。
    兵少なく食尽く。
    漢軍及び諸侯の兵、之(これ)を囲むこと数重。

    夜漢軍の四面、皆楚歌するを聞き、
    項王乃(すなは)ち大いに驚きて曰はく、
    「漢皆已(すで)に楚を得たるか。
    是(こ)れ何ぞ楚人の多きや。」と。

    項王:項羽楚の武将。紀元前232-202。
    :立てこもる。
    垓下:地名。現在の安徽(あんき)省にある。

    句法

    →乃(すなは)ち:接続詞です。「そこで」。
    →か:疑問を表し、文末に置かれます。置き字として扱われることもあります。
    楚人之多→何ぞ~や:強い感動を表します。

    解釈

    項王の軍は垓下の地に立てこもった。
    兵は少なく、食糧は尽きた。
    漢軍と諸侯の兵は項王の軍を幾重にも取り囲んだ。

    夜、漢軍が四方から楚の歌を歌うのを聞き、
    項王は大変驚いて言った。
    「漢はすでに楚をすべて手に入れたのか。
    これは何と楚の兵の多いことか。」と。

    背景と鑑賞

    秦の滅亡後、漢の劉邦と楚の項羽が天下を争いました。紀元前202年、漢軍はついに項羽を垓下の地に追い詰めます。

    このとき漢の将が策略をめぐらし、砦を囲んだ漢軍の兵に楚の歌を歌わせます。それを聞いた項羽は楚が完全に奪われたと勘違いしてしまうのです。上記の漢文はその場面を描いています。

    そこから、追い詰められた人間の心の弱さを読み取れるかと思います。これが読解のポイントと言えるでしょう。

    その後、項羽は囲みを破って脱出したものの、まもなく自害し、天下は劉邦のものと定まります。

    この話から「四面楚歌」という故事成語が生まれ、現代の日本でも使われています。敵に取り囲まれて、孤立無援の状況を意味します。

    おわりに

    いかがでしたか。

    「史記」は読み物としても面白く、「四面楚歌」以外にも「雌雄を決す」「完璧」「傍若無人」など現代でも使われる多くの故事成語が生まれています。

    図書館などで1度手に取ってみるといいでしょう。

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