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高校国語古文『古今著聞集』読解のポイント

古今著聞集』は『今昔物語』『宇治拾遺物語』と並ぶ三大説話集と言われています。ここでは、その中でも有名な説話を取り上げて、作品の特徴をご紹介していきたいと思います。

説話について

説話とは語り伝えられた話で、それを文字化したものを説話文学と呼びます。貴族の文学と違い、庶民とその生活が重要な描写の対象となっていることが一つの特徴です。

説話は主に二種類に分けられます。仏教説話と世俗説話です。前者は、仏教を広める目的があり、後者は、様々な人々の日常生活の出来事を取り上げ、生活の指針を与えたりする目的をもっています。

説話文学は、平安時代後期に『今昔物語』があらわれ、鎌倉時代に最も盛んになります。『古今著聞集』の他に『宇治拾遺物語』『十訓抄』『発心集』『沙石集』などが編まれました。

説話が盛んになったのは、平安時代後期以降、庶民が次第に力をつけ、存在感を増したことが背景にあると思われます。

作者と『古今著聞集』

作者の橘成季(たちばなのなりすゑ)は鎌倉時代の人です。生没年不詳ですが、官職は伊賀守でした。摂政関白九条道家(1193-1252)の近習で、芸術に多彩な才能を発揮しました。

『古今著聞集』は、1254年に成立しました。700余りの世俗説話が30項目に分類されています。この分量は『今昔物語』に次ぐものです。内容は、極めて多方面に渡りますが、かつて繁栄したころの貴族社会とその周辺での出来事が中心です。過去の王朝文化への賛美や憧れが作品の基調となっています。一方では、卑しい庶民を登場させた説話もあり、中世の文学として新生面を開いています。

例文

博雅三位(はくがのさんみ)の家に、盗人入りたりけり。三位、板敷の下に逃げ隠れにけり。盗人帰り、さて後、這ひ出でて家の中を見るに、残りたる物なく、みな取りてけり。
 
ひちりき一つを厨子(づし)に残したりけるを、取りて吹かれたりけるを、出でて去りぬる盗人、はるかにこれを聞きて、感情おさへがたくして、帰り来たりて言ふやう、ただ今の御ひちりきの音をうけたまはるに、あはれに尊く候(さうら)ひて、悪心みな改まりぬ。取る所の物どもことごとくに返したてまつるべしと言ひて、みなおきて出でにけり。
 
昔の盗人は、また、かく優(いう)なる心もありけり。

  • 博雅三位(918-980):源博雅(ひろまさ)。醍醐天皇の孫。雅楽の達人で、多くの逸話を残す。
  • ひちりき:竹の笛。
  • 厨子:物を載せる棚。
  • 吹かたり:尊敬の助動詞「」の連用形。
  • 候ひ→候ふ:丁寧の補助動詞。~ございます。
  • たてまつるべし:「たてまつる」は謙譲の補助動詞。~申し上げる。「べし」は意志の助動詞。
  • 優なる→優なり:形容動詞。すばらしい、風流だ。
太字は重要語です。覚えましょう。

解釈

博雅三位の家に泥棒が入った。三位は板の間の床下に逃げて隠れた。泥棒が帰ったあとで、這い出して家の中を見ると、残ったものはなく、みな取ってしまっていた。
 
棚に残っていた笛を取って吹いていらっしゃると、逃げ去った泥棒がはるか遠くで聞いて、気持ちが抑えられなくなって、戻ってきてこう言った。
 
「ただ今のお笛の音をお聞きしておりますと、しみじみと尊うございまして、悪い心がすっかり改まってしまいました。取ったものをすべてお返し申しましょう」と言って、みな置いて出ていった。
 
昔の泥棒は、こんな風流な心をもっていたのだ。

鑑賞

博雅三位の、悪人をも改心させる達人ぶりを賞賛しているようですが、焦点はむしろ泥棒の方にあるでしょう。泥棒といえば、まともではない人間です。そんな人間さえ、音楽を理解し、改心するというすばらしい一面があるのだと作者は主張しています。

しかし、「昔の泥棒」とありますから、おそらく、作者は「今はそんな泥棒はいない」「今の世の中はどうも…」と言いたいのでしょう。いつも変わらぬ人間のよさを賛美するというよりも、昔を懐かしむ心情が最後の一文で色濃く出ていると言えないでしょうか。

なお、博雅三位のような風流な文化人が取り上げられることは、『古今著聞集』の特徴であり、作者自身が芸術に造詣が深かったことの反映でしょう。

おわりに

どんな人も芸術作品もその時代の影響を受けないわけにはいきません。教材だけを理解するのではなく、常に時代との関係を考えていくと、より深い学習が出来るのではないでしょうか。

(image by 足成)

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