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『発心集』読解のポイント

発心集(ほっしんしゅう)』は鎌倉時代に成立した優れた仏教説話集です。その説話の一つを時代背景や信仰の内容とともに紹介していきましょう。

背景

平安時代の半ば頃から、社会の不安を背景に浄土信仰が広まり始めました。その影響を受けて平等院鳳凰堂などが建立されます。

平安時代末期には法然浄土宗を開き、その後、続々と鎌倉仏教が生まれ、庶民に仏教が広まりました。そこで、その庶民に仏教を宣伝したり、信仰を強めたりするための説話が盛んに作られるようになったのです。

作者と『発心集』

作者は鴨長明(1155?―1216)です。「ながあきら」が正しい読み方です。京都、下鴨神社の神官の子に生まれます。若い頃に父・兄と死別し、有力な縁者に恵まれませんでした。

歌人として後鳥羽院に仕えましたが、長年切望していた神官になれなかったことをきっかけに50歳頃に出家します。京都近辺で隠者としての生活を送り、そこで『方丈記』(1212)、『無名抄』や『発心集』を書いて生涯を終えます。晩年には浄土信仰を抱いていました。

『発心集』は1215年頃に成立しました。仏教説話集で、約100話が収録されています。隠者を主要な登場人物として、極楽往生を求める人々の生き方を、反面教師も含めて紹介しています。人間の心理にまで筆が及んでいることがそれまでの仏教説話にはない新しさです。その後の説話に大きな影響を与えていると言われます。

例文

ある聖、船に乗りて近江の湖をすぎけるほどに、網船に大きなる鯉をとりてもて行きけるが、いまだ生きてふためきけるをあはれみて、着たりける小袖をぬぎて、買ひとりて放ちけり。

いみじき功徳つくりつと思ふほどに、その夜の夢に、白狩衣(かりぎぬ)着たる翁一人尋ねて来たり、いみじう恨みたる気色なるを、あやしくて問ひければ、「我は、昼、網に引かれて命をはらんとしつる鯉なり。聖の御しわざの口惜しくはべれば、そのこと申さむとてなり」と言ふ。

聖言ふやう、「このことこそ心得ね。よろこびこそ言はるべきに、あまさへ、恨みらるらむ、いとあたらぬことなり」と言ふ。

翁いはく、「しかはべり。されど、我、鱗(うろくづ)の身をうけて、得脱の期(ご)を知らず。この湖の底にて、多くの年を積めり。しかるを賀茂の供祭(ぐさい)になりて、それを縁として苦患(くげん)をまぬかれなんと仕(つかまつ)りつるを、さかしきことをしたまひて、また、畜生の業を延べたまへるなり」と言ふとなむ見たりける。

  • 聖:徳の高い僧。
  • 小袖:袖の小さな着物。
  • 狩衣:公家の男性用の着物。
  • 気色:様子。
  • はべれ→はべり:丁寧の補助動詞。~です、~ございます。
  • あまさへ:それどころか。
  • 鱗:魚。
  • 得脱:成仏。
  • 期:時期。
  • 賀茂:京都の賀茂神社。
  • 供祭:お供え。
  • 苦患:苦しみ。この世に生きるのは苦しみであるという仏教の考え方が表れています。
  • たまひ→たまふ:尊敬の補助動詞。お~になる。
  • 業:前世の報い。この場合は悪い報い。

解釈

ある高僧が船に乗って琵琶湖を渡っているとき、網で漁をする船が大きな鯉を捕って運んでいたが、その鯉がまだ生きてばたばたしていたのをかわいそうに思い、来ていた小袖を脱ぎ、(それを代償にして)買い取って(湖に)放してやった。

すばらしい善行を積んだと思っていると、その夜の夢に白い狩衣を来た老人が一人尋ねてきた。大変恨んでいる様子なのを不思議に思い尋ねると、「私は、昼、網に引かれて命を終えようとしていた鯉なのです。お坊様のご行為を残念に思いますので、それを申し上げようとして参りました」と言った。

高僧は「それは納得できません。礼を言われるべきなのに、それどころかお恨みのようなのは、大変的外れなことです」と言った。

老人は言った。「その通りです。しかし、私、魚となって生まれ、いつ成仏できるか分からなかったのです。この湖の底で、多くの年を重ねてきました。ところが、賀茂神社の供え物となり、それを縁として苦しみを免れるだろうと思っていましたのに、(お坊様は)こざかしいことをなさって、また鯉の苦しみをお延ばしになったのです」そう言ったのを(夢で)見たということだった。

鑑賞

「善意が常に良い結果をもたらすとは限らない」・・・こういった教訓を読み取ろうとするのは、現代人として自然なことだと思います。それも間違いではないでしょう。

老人は僧の親切を「こざかしい」と切り捨てています。作者は浄土信仰の持ち主でしたが、その立場で言えば、念仏してひたすら阿弥陀様にすがることこそが大切なので、人が自分の分別であれこれするのは、褒められたことではないのです。

そういう行為を一般人ではなく、僧が行なってしまったという点には、当時の仏教に対する批判がこめられているかも、という解釈も可能でしょう。

さらに老人は、魚として生まれてしまったので、いつ成仏できるか分からず、この世で苦しみ続けなければならなかったと言います。ならば、人として生まれた自分たちは、信仰をもつことができ、成仏のきっかけをつかめてずっと幸運ではないか、という主張も読み取れるのではないでしょうか。

おわりに

いかがでしたか。ごく短い話でしたが、意外に奥が深かったのではないでしょうか。これをきっかけに同じ作者の『方丈記』も読むことをお勧めします。

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