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軍記物語の最高傑作!『平家物語』読解のポイント

「祇園精舎の鐘の声」で始まる『平家物語』は、数々の名場面に彩られた軍記物語の傑作です。

ここでは軍記物語や『平家物語』の特色とともに「扇の的」の場面もご紹介していきましょう。

軍記物語について

軍記物語は、合戦を中心とした物語です。平将門の乱(935)を題材とした平安時代中期の『将門記』をはじめとして、鎌倉時代の『保元物語』『平治物語』『平家物語』、室町時代の『太平記』などが挙げられます。

軍記物語が盛んに作られるようになったのは、武士が台頭し、激しい合戦を繰り広げて支配階級になっていったことの反映だと言えましょう。

また軍記物語は一般の民衆に愛好されましたが、これは平安時代の貴族文学とは一線を画す特徴です。

『平家物語』について

作者は、『徒然草』には信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)だとありますが、不明です。成立時期も、鎌倉時代のいつ頃かは確定していません。

『平家物語』は、軍記物語中の最高傑作で、日本文学の代表的な作品です。平家の台頭から源氏との合戦を経て滅亡までが和漢混交文で情緒豊かに描かれています。

平家のはかない運命を描いた作品の根底には仏教の無常観が横たわっています。当時盲目の法師が民衆に向かって琵琶を弾きながら、『平家物語』を語りました。この演奏様式を平曲といいます。

『平家物語』は民衆に広く流布し、後世、軍記物以外にも、狂言・浄瑠璃・御伽草子・浮世草子などに大きな影響を与えました。

「和漢混交文」とは、和文と漢文訓読文の両方の要素から成る文体。和文の情緒性と漢文の簡潔さをあわせもち、鎌倉時代以降、広く用いられるようになりました。
「無常観」とは、仏教の根本思想です。この世に、永久不変のものはなく、すべては移り変わっていくという考え方です。『平家物語』中では「諸行無常、盛者必衰」と表現されています。

例文

与一鏑(かぶら)をとつてつがひ、よつぴいてひやうどはなつ。小兵といふぢやう十二束三伏(みつぶせ)、弓は強し、浦ひびくほど長鳴りして、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひいふつとぞ射きつたる。
鏑は海へ入りければ、扇は空へぞあがりける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。夕日(せきじつ)のかかやいたるに、みな紅の扇の日いだしたるが、白浪のうへにただよひ、浮きぬ沈みぬゆられければ、沖には平家ふなばたをたたいて感じたり。陸(くが)には源氏箙(えびら)をたたいてどよめきけり。

  • 鏑:鏑矢。音を立てて飛ぶ矢。
  • 十二束三伏:矢の長さを表す。「束」は親指を除いた指四本の幅、「伏」は指一本の幅。「十二束」が当時の標準。従って、与一は体格のわりには長い矢を使ったと言えます。
  • ぢやう:とはいうものの。
  • 扇のかなめ:扇(扇子)の端にあり、扇の骨を束ねるもの。
  • みな紅:全体が紅であること。
  • いだし→いだす:描き出す。
  • 浮きぬ沈みぬ:「ぬ」は完了の助動詞ですが、ここでは「~ぬ~ぬ」の形で並立「~たり~たり」の意味を表します。
  • ふなばた:船の側面。
  • 箙:矢を入れて背負う道具。

解釈

与一は鏑矢を取ってつがえ、十分に引き絞って、ひょうと放つ。小柄ではあったが、矢は十二束三伏、弓は強く、矢は海辺に響き渡るほど長く鳴り、誤りなく扇の要から一寸ほどの所を、ひいふっと射抜いたのだった。
鏑矢は海に落ち、扇は空へと舞い上がる。しばらく宙にきらめいたが、春風に一度二度ともまれて、海へさっと散ったのだった。夕日が輝いているところで、紅の地に日輪を描いた扇が、白波に漂い、浮いたり沈んだりして揺られると、沖では平家が船端をたたいて感じ入る。陸地では源氏が箙をたたいて騒ぎ立てた。

鑑賞

屋島の戦いで、源氏側の武者那須与一が平家の船に掲げられた扇を射抜く、『平家物語』屈指の名場面です。

七五調風の文章、対句の使用、鮮やかな色彩などが文章の特色です。このような晴れがましい場面があるからこそ、作品全体の悲哀に満ちた雰囲気が一層引き立つとも言えるでしょう。

与一のような源氏側の力強い武者は、滅びゆく優美な平家の公達とは対照的な、中世を生きる新たな人物像だと解釈できます。

おわりに

ここでは、『平家物語』のほんの一部をご紹介したに過ぎません。

現代語訳を参照しながら、名場面だけでも流麗な原文で読んでみてください。

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