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『今昔物語集』読解のポイント

日本最大の説話集『今昔物語集』。ここでは、その中の一編をご紹介しつつ、『今昔物語集』の特徴やその時代背景にも迫っていきたいと思います。

『今昔物語集』の背景

11世紀初頭に成立した『源氏物語』以降、物語に対する関心が高まり、多くの作品が書かれましたが、結局『源氏物語』に匹敵するほどのものは現れませんでした。物語に行き詰まった知識階級の書き手たちは、活路の一つを説話に求めました。

平安時代半ば頃から、社会の不安を背景に仏教は次第に庶民へも浸透していきました。そこで、庶民に仏教を教える仏教説話の必要性が出てきたのです。

また、武士を初めとする庶民階級が台頭してきて、彼らの存在が知識階級の興味を引いたことが庶民を登場人物とした世俗説話が書かれる契機となりました。

1027年、藤原道長が没し、1051-1062年には前九年の役が起こり、1052年は末法の始まりとされました。この頃人々は時代の変化を感じ、不安を募らせたと思われます。

『今昔物語集』について

作者は不明ですが、内容からすると、僧ではないかと考えられています。成立は、12世紀初期と推定されています。

全1000話余り。これは説話集では最多です。説話は、インド(1-5巻)・中国(6-10巻)・日本(11-31巻)に分けられ、それが仏教説話と世俗説話に分けられています。その中でさらに主題ごとにまとめられるという整然とした構成になっています。

日本の世俗説話には、貴族から盗賊まであらゆる階級の人間や妖怪・動物までが描かれています。従来の貴族文学には現れなかった庶民階級が描かれている点で、中世文学の先駆になっています。

平易な和漢混交文(ただしカタカナを使用)で書かれており、俗語も自由に織り込まれています。説話は「今は昔」で始まり、「となむ語り伝へたるとや」で終わります。

『今昔物語集』は近代の作家に多くの素材を提供しています。中でも芥川龍之介が『今昔物語集』に取材して『羅生門』『鼻』『芋粥』などを書いたのは有名です。

例文

今は昔、中納言藤原忠輔(ただすけ)といふ人ありけり。この人常に仰ぎて空を見るやうにてのみありければ、世の人、これを仰ぎ中納言とぞ付けたりける。

しかるに、その人の、右中弁(うちゆうべん)にて殿上人にてありける時に、小一条の左大将済時(なりとき)といひける人、内に参り給へりけるに、この右中弁に会ひぬ。

大将、右中弁の仰ぎたるを見て、たはむれて、「只今天には何事かはべる」といはれければ、右中弁かくいはれて、少し攀縁(はんえん)おこりければ、「只今天には大将を犯す星なむ現じたる」と答へければ、大将すこぶるはしたなく思はれけれども、たはむれなればえ腹たたずして苦笑ひてやみにけり。

その後大将いくばくの程を経ずして失せ給ひけり。されば、このたはむれの言のするにや、とぞ右中弁思ひ合わせける。

人の命を失ふことは、皆前世の報いとはいひながら、よしなからむたはむれごといふべからず。かく思ひ合はすることもあればなり。

右中弁は、その後久しくありて中納言まで成りてありけれども、なほその異名失せずして、世の人、仰ぎ中納言とぞ付けて笑ひける、となむ語り伝えたるとや。

原文ではひらがなではなくカタカナが用いられています。この説話は世俗説話の中の一編です。

  • 右中弁:太政官に属する官位の一つ。
  • :宮中。
  • はべる→はべり:「あり」の丁寧語。います、あります、ございます。
  • 攀縁:「へんえん」とも。怒り。
  • はしたなく→はしたなし:きまりが悪い。
  • え腹たたずして:「打ち消し表現(ず)」で不可能を表します。
  • 思ひ合はせ→思ひ合はす:思い当たる、納得する。
  • よしなから→よしなし:根拠のない、くだらない。

解釈

今となっては昔のことだが、中納言藤原忠輔という人がいた。この人はいつも空を仰ぎ見るようにしてばかりいたので、世間の人は、「仰ぎ中納言」と名付けたのだった。

ところで、この人が右中弁で殿上人だった時に、小一条の左大将済時という人が宮中に参内されて、この右中弁に会った。

大将は、右中弁が仰向いているのを見て、ふざけて、「ただ今、天には何事かございますか」とおっしゃった。すると、右中弁はそう言われて少しむっとしたので、「ただ今天には大将を害する星が現れています」と答えた。そこで、大将はとてもきまり悪く思ったが、冗談なので、腹を立てられず、苦笑して終わってしまった。

その後、大将はいくらもたたぬうちにお亡くなりになった。では、あの冗談が引き起こしたのだろう、と右中弁は思い当たったのだった。

人が命を落とすのは、みな前世の報いとはいうものの、つまらぬ冗談など言ってはならない。このように思い当たってしまうこともあるからだ。

右中弁は、その後長い間を経て中納言にまでなったのだが、なおもそのあだ名はなくならず、世間の人は「仰ぎ中納言」と名付けて笑ったと語り伝えているとかいうことだ。

鑑賞

忠輔は以前から、自分の癖を周囲にあれこれ言われて、不快に思っていたのでしょう。ですから、大将にからかわれたとき、むっとして余計なことを口走ってしまったのです。

しかし、大将が亡くなると、今度はおそらく後悔したことでしょう。周囲はそんなことにはおかまいなく、忠輔が中納言になると「仰ぎ中納言」というあだ名を付けて笑ったのです。

『今昔物語集』は登場人物を生き生きと描いていると評されます。この話のようにささやかな短編ながら、個人の内面の変化にまで触れているところにそう評される理由の一つがあるのでしょう。また世間の鈍感さはいつの世も変わらないものだと受け取れます。

忠輔の発言からは、本人に星占いの知識があることがうかがわれます。また、自分の冗談が死を招いたと思った点に、言霊(ことだま)信仰の表れを読み取ることもできます。

「くだらないことを言うな」という教訓が表面に出てきていますが、その背後では様々な要素がからみあっている説話だと言えるでしょう。

言霊信仰とは、言葉に霊力があり、口にした言葉通りのことが実現するという古代からの信仰です。受験生に向かって「落ちる」と言わないのも、一種の言霊信仰でしょう。

おわりに

興味がわいたら、時間を作って、『今昔物語集』1000話の世界に挑んでみませんか。あなたの教養を高めるだけでなく、受験対策にもなる事間違いなしですよ。

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